No 98
Date 2012・09・13・Thu
想いの双方向。♯18 「たぶんね。ベクトルは同じなのよ」 淡々と感情を感じさせない言葉で彼女は呟く。 俺から見えるのは淋しげな彼女の後姿。 どこか凛とした佇まいを見せる其れは、彼女という存在を表すのにぴったしな姿だ。 ・・・触れてしまえば跡形もなく消えてしまいそうな儚さを秘めていることも含めて。 「私から視る彼も、彼から視る私もきっと同じ。同じが故に互いの違いに惹かれるの。でも、結局は同じ場所に戻ってしまうの。だって、彼と私は同じだから。其の呪縛からは逃れられないから」 「でも其れは普通を謳う世界には許されないことで、決して同じ想いを添わせてはいけなかった」 彼女は泣いてなどいない。 声は震えていない。 でも、だけど。 「どうして気付いてはいけないのかしらね。―――――――・・・誰よりも近い場所にいて、誰よりも其の温もりを感じることが出来るのに。其の手を取ることが出来るのに。どうして同じところを向くことは許されないのかしら」 “鏡であればよかった”と、彼女は小さく呟いた。 互いの姿が見える。 口にする言葉もわかる。会話が出来る。 だけど。 其の温もりを感じることは出来ない。 たった一枚の薄っぺらい硝子が絶対的な境界線を引く。 二人の仲を阻む。 其れが、鏡。鏡に向かい合う二人。 では、彼女と彼は? 「傍にいるのよ、其の手を握れるの。其の温もりを感じ取れるの。でも、でもね。決して其の姿は見えないの。同じ場所は映らないの。だって、同じ場所を見てないんだもの」 「彼はすぐ傍にいるけれど、世界で一番遠い場所にいるんだもの」 「此の背の、向こう側に、いるんだもの」 彼女と彼は二人で一つだった。其れを体現するように背と背を合わせ、寄り添いあって生きていた。 でも、だから。 互いの姿を映すことは、同じ場所を見ることは、叶わなかった。 ――――――――・・・・同じ想いを共有することも、出来なかった。 ベクトルは同じでも、向きが違えば其れは交わる事無く、平行線を辿る。 想いのベクトルは双方、同じもので在りながら、別の場所にあった。 嗚呼、なんて皮肉。 同じ想いを抱える人間が、世界で一番近くて遠い場所にいるなんて。 通じ合いたいと願うことさえ、許されないなんて。 けれど、きっと。 一番の皮肉は、其れを知る人間が、俺であること。 彼女にとって、一番遠くて彼女という人間に近い、鏡の俺であること。 世界を渡るベクトルは、まぁるいセカイをどれだけ廻っても。 決して一つに交わることはない。 あえないから。おなじばしょをみてないから。 そんな、理由じゃなくて。 答えは簡単。 双方が、交わることを、希んでないから。 (やさしいかれらは) (かれらをくるしめるせかいを) (それでも みごろしになど) (できようもないのだ) ベクトルの辿り着く其の先に、 (きみは いない) スポンサーサイト
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No 97
Date 2011・12・24・Sat
VaLe.♯17 「ね、キミを好きになれてよかった」 「君を知れてよかった」 「誰かを愛しいとおもえてよかった」 「やさしく温かい日々を、過ごせてよかった」 泣きそうな顔で誰かがそう、呟いた。 目の前でそれでも笑う“誰か”は、無表情に無感動に耳を傾ける俺を気にすることもせずただ話を続ける。 「きっと、此れが最後だから」 「キミを愛せる、最後の時間だから」 「・・・此れくらいの我儘、赦してね」 ちゅっ、と可愛らしいラップ音にも似た音が小さくあたりに響いた。 突然唇に触れたその温もりに目を丸くする。 彼女が温もりを落とした其処は、今まで決して彼女が触れようとしなかった場所。 彼女の其処に己の其れを重ねることさえも、赦してもらえなかった場所。 彼女にとっての、ゼッタイの、侵してはならない、聖域。 其処に、触れた。 同じ温もりを、重ねた。 その真実は己を喜ばせるどころか、深い奈落の其処へと己を突き落とすかのように自身を落ち込ませる。 彼女がもう此処には、己の隣には決して帰ってはこないことを、その温もりが告げていた。 知らず目頭が熱くなる。 だけれども、その雫を零すことだけは決してすまいと両の拳を握り締めて笑いながら泣いている彼女を見つめた。 悲しいことに、彼女のその笑みは今まで見た中で一番といっていいほど、酷く美しいものだった。 再び彼女が静かに距離を詰める。 一歩、二歩、三歩。 あたりにはただ彼女の靴音だけが、淋しげに響き渡っていた。 後、わずか一歩というところで彼女はその歩みを止める。 手を伸ばせばその温もりに触れることはできるのに、相手のやさしさを確かめることもできるのに、この距離を詰めることだけが叶わない。 近くて遠いこの距離は今の彼女と己との関係を表しているのだと思った。 嗚呼、先程までは彼女との間に距離などなかったのに。 どうしてこんなことになってしまったのか。 辛く、苦しく、切なく、歪められた彼のその表情に、彼女は目を見張る。 鉄化面と呼ばれるほど感情を表に出すことのなかった彼が、その仮面をはがし感情をあらわにしている。 辛い、苦しいと、どうしてお前なのだと、全身で、示してくれている。 其れが、彼女には嬉しくて、たまらなかった。 彼女はゆっくりと手を伸ばす。精一杯に背伸びをして。 そうして彼の首筋に腕を回す。心底、イトオシクテタマラナイというかのように。 慈愛に満ちたその笑顔に、彼は小さく息を呑む。 両眼から溢れそうになる熱を必死で押し殺し、かき抱くようにして彼女の腰に腕を回した。 彼女の、彼の温もりは確かに此処にあるのに、二人の距離がゼロになることはなかった。 まるで見えない壁に阻まれているかのように、二人の足が地面にくっついて取れなくなってしまったかのように、その距離が本当の意味でゼロになることはない。 互いを抱きしめることもできるのに、温もりをやさしさを分け与えることもできるのに。 嗚呼、どうして・・・。 彼女が小さく呟いた言乃葉を彼は無きモノにするかのように、そのやさしい唇にキスを落とした。 どちらからともなく零れ落ちた二人の熱が、溶けるように混ざり合いながら奈落へと落ちていった。 『キミが、私を愛してくれたこと、忘れてくれてかまわない』 『だけれども、私がキミを愛していたことだけは、』 『どうか、忘れないで』 “Lasciare Amare” 『愛を残して、逝きましょう』 (キミが幸せであることを遠くから、願い続けています) (どうか“私”という存在に縛られないで、自由に、生きてね) *** また逢える可能性だってあるでもねもう決めたんだ愛する人の傍にいることが愛する人の幸せを脅かすなら私はもう私という存在を消してしまおうとずっとずっと昔から決めていただから後悔なんてないんだよ君が幸せでいてくれることが私の幸せなのだから。 (ただ残念なのは もう二度と キミの笑顔を みられないこと) |
No 96
Date 2011・10・13・Thu
あいせないけど、♯16 「何でそんな無茶ばかりするんですか!こんなっ、こんな血だらけになってまでどうしてっ・・・!!」 ソラ色の美しい宝玉の瞳から降り注ぐ透明な美しい雫が頬に落ちた。ぴちゃんと言う音をたててこぼれた其れは、頬を伝い、紅い真紅の鮮血がほとばしる地面に溶けていく。 「どうしてなくの?」 「どうしてって・・・・!貴方が好きだからですよ!!貴方が好きで好きでたまらないから無茶なんてして欲しくないからもっと自分を大事にして欲しいから泣くんですっ!!」 「そう」 淡白な返答。まるで興味そのものがないというかのように。 ごぼり 鈍い音が辺り一面にいやに大きく響いた。引きつったような声なき悲鳴が喉の奥から漏れる。 ハアハアと息を吸うことさえ辛いというように呼吸を荒くさせながら、腕の中でソラを見上げるその人は自身を抱きかかえるその人のソラ色の宝玉の瞳に視線を合わせた。 「わかったわ」 「喋らないでっ!血が止まらない・・・っ!!」 にこりと笑ってその人は、呟いた。 「貴方は私のことが、好きなのね。大切なのね。失いたくないと思ってくれるのね」 「っ!!今更何を言って・・・!!」 「でもごめんなさい。私は私を大切だという人間が大っ嫌いなの」 ソラ色の瞳が石のように硬く固まったのがわかった。 「嫌い嫌いだいっきらい私を好きという人間が」 「・・・」 「だから当然貴方も嫌いよ」 ごほっというオトとともに再び大量の血を吐く。 ソラ色の瞳はそれでも動きをみせない。 「でもね、でも」 「それでも一番嫌いなのは」 「貴方がすきという私を好きになれない私」 初めてソラ色の瞳が動きを見せた。 その丸い瞳は零れ落ちそうなほどに大きく大きく見開かれていた。 「きらいきらいきらいせかいもいのちもひともどうぶつもみんなみんなきらいだけれどそのなかでもきらいなのはいまいるわたし」 まるで人形のように彼女は、呟いた。 「ああどうしてわたしなんてうまれてきたのかしらだれもあいしてくれないのにだれにもあいされたりしないのにだれもあいせないのにあいなんてしりもしないのに」 「せかいなんてほろんでしまえばいいのよそうすればごうまんなせいぎももみけされたあくもなにもかもなくなるわこんなにみにくいものなんてみなくてすむそうすればまたぜろからはじめられるのに」 「どうしてかしらねどうしてせかいなんてあるのかしらどうしていのちはとうというといわれるのかしらどうしてほしはかがやくのかしらどうしてそらはあおいのかしらどうしてひとはいきるのかしらどうして、」 彼女の手がソラ色の瞳をもつその人の頬に添えられた。 「どうしてあなたはなくのかしら」 「どうしてあなたはなくのかしらなみだのひとつもながせないわたしなんかのためにどうしてあなたはなくのかしらどうしてあなたのなみだはこんなにもきれいなのかしら」 白い手が頬を伝う涙を拭った。 「ああどうしてかしらなんだかとてもねむたいわこのままねむってしまったらいいゆめがみられるかしら」 ソラ色の宝玉に焦りの色が浮かぶ。その口を開いて何度も何度も彼女の名を呼んだ。 けれどその人の意に反して彼女の瞼はどんどんと落ちていく。 「ああもうなにもかんがえないでねむってしまおうかしら」 「つぎ、そうつぎもしあえたなら」 「つぎがあるのならそのときは、」 「そのときこそ」 「あなたがあいしてくれたわたしをあいせるわたしでありたいわ」 言葉とともにその瞳は永遠に閉じられ、二度と開くことはなかった。 *** 自分を愛せない人間が他人なんて愛せるわけがないでしょう? (だけどね。其れを知る私が私は一番嫌いなのよ) |
No 95
Date 2011・09・26・Mon
きせき。 |
No 94
Date 2011・09・23・Fri
シキガミ |